2009年 08月 23日

韓国旅行

夏休みに2泊3日で韓国(ソウル)行ってきました。
行ってきたというよりも、中国から日本に帰る時の飛行機が韓国経由のものだったので、途中で寄ってきたって感じです。
ミシガン州立大学で一番よくつるんでた友達の一人が韓国人で、今回は彼女の家に泊めさせてもらいました。

ソウルの印象を一言でいえば、山に囲まれたこじんまりした近代都市って感じでしょうか。
建物の感じや、道路の幅の狭さなどからは、日本を彷彿させるものもあって、人口密度が高く発達した東アジアの国の共通点をいくつも見たような気がします。

時間が限られていたために、今回の韓国旅行は”食”に焦点を絞りました。
二年間のミシガン滞在で、韓国料理店に行ったり、韓国の友達にも何回か韓国の家庭料理を作ってもらう機会があって、いつのまにかすっかり韓国料理が大好きになっていました。
アメリカに行く前まで、韓国料理って言ったらビビンバか焼肉しか思いつかなかったんだけどね(^_^;)
ということで、その写真をいくつか紹介します。

左:韓国の空港のコンビニでかった豚キムチおにぎり。日本のそれよりも断然に辛くいのびっくりして、思わず写真を撮ってしまいました。
右:海鮮チヂミ。
b0069401_1145433.jpgb0069401_1146820.jpg


左:海鮮味噌鍋。
右:団子みたいなものと野菜を白ゴマベースのスープで煮込んだもの。ゴマが香ばしくってとろとろしてておいしかったです。
b0069401_1150871.jpgb0069401_1150337.jpg


左:韓国式の小豆のおしるこ。しょうががアクセントで入ってて、意外でした。でも、ちょっと甘すぎたんだ、これ。
右:「韓国に来たからには!」って言われて最後の夕食の時に連れて行ってもらった焼肉。
b0069401_11533426.jpgb0069401_11535065.jpg


どれもこれも本当においしくって、韓国を離れるのが名残惜しかった・・・。
韓国のレストランには無料の副菜(各種キムチやサラダなど)がいっぱいあって、いいサービスだなと思いました。
韓国人の友達いわく、似たようなレストランがたくさんあるためサービスで他の店と差別化をはからないと生き残れないんだそうです。
日本にもこういうサービスもっと増えるといいのに・・・。

食べるためだけに韓国に行ったんではないですよ!!
韓国の古い町並みが残ってるところに連れて行ってもらったり、東大門近くのショッピング街で夜中1時まで買い物もしてきました。
あそこのショッピング街はどの店も24時間営業で、深夜でもたくさんの人が買い物しているんだそうです。
値段は中国に比べると高いけど、デザインや質は日本に近いものがあるので、コストパフォーマンスは高いのかなって感じです。
以下、その写真たちです。
b0069401_1211412.jpg
b0069401_12113131.jpg


b0069401_12131037.jpgb0069401_12145472.jpg
こんな感じのショッピングビルがいっぱいあって、とてもじゃないけど回りきれないほどでした。


2泊3日しか入れなかったけど、友達のおかげでとても濃い滞在となりました。
次に行く時には、もっと観光地とかを回りたいな。もちろん“食”がメインですが。

最後に韓国で会った友達の写真をいくつか。
左:みんなで一緒におしるこを食べ時のもの。
右:韓国の若者が集う街(日本でいえば渋谷や原宿みたいなとこ)で食べた、すごく長いソフトクリーム。
b0069401_12232574.jpgb0069401_1224061.jpg


韓国旅行、楽しかった!お勧めです。
[PR]

# by yukiia2067 | 2009-08-23 12:31
2009年 08月 20日

夏休みの出来事 その1

この前、友達からメールをもらいまして、近況が知りたいから、たまにはブログを更新してって書いてあって。
その人がどんな動機でそのメールを書いてくださったのかはさておき、見てくれている人がいるってのはやっぱりうれしいので、期待に応えて久しぶりに更新します!!

4ヵ月近くの夏休みが、もうすぐ終わります。
正直な感想、長かった。。。
こんなこと言うと、仕事をしていてなかなか休みをとれないみなさんには申し訳ないんだけど。
修士を卒業したばかりで、博士課程では学校も変わることもあって、とくに夏休みの課題っていうものもなかったんです。
最初の一ヶ月半はまだ良かったんだけど、後半はだんだんはっきりとした目的がない生活に耐えきれなくなってしまいました・・・。
何もしないってことに、不安感を感じるみたいです、私(笑)

でも、4ヵ月間、ずっとぐーたらな生活をしてたわけじゃないですよ。
初めの一か月は、大学の短期留学プログラムのアシスタントで日本と中国を飛び回っていました。
去年もアシスタントをさせてもらったこのプログラムは、毎年中国と日本にいくものなのですが、私のスケジュールの関係で、去年は日本で約一週間しか付き添えなかったんです。
今年は時間があったので、中国までついてっちゃいました。
以下、その写真をいくつか載せました。

b0069401_1128983.jpgアメリカの不況の影響か、当初想定していたより希望者が少なく、一時は中止になるかもと思いました。
b0069401_11284550.jpgなんせ参加費が約40万+飛行機代+6単位分の授業料(約30万)ですからね・・・。
b0069401_11325439.jpg最終的には今日年より6人少ない10人が参加することになって、アテンダントする方も人数が少ない分、やりやすかったです。
b0069401_11294860.jpgアメリカの学生をアテンダントしていると、彼らの視点から新しい日本や中国を見れるから、とてもおもしろい。
去年は学生が揚げだし豆腐の上にのった鰹節を生き物だと思いこんで、最後まで口にしなかったなんていう場面がありました。
今年一番意外だったのは、明治神宮に行った時のこと。
日曜日で大安だったこともあって、白無垢と袴姿で結婚式をしているカップルがたくさんいたんです。
もちろん日曜日で参拝客や観光客もいっぱいいたため、白無垢、袴姿の新郎新婦はすごく注目を集めてたんです。
学生たちも、他の人と混じって遠くから写真とかをとっていたのですが、後から、
「あの人たちはこんなにたくさんの人たちに見られても平気なの?結婚式ってプライベートなものだから、知らない人に見られたり写真撮られたりするのは私はいやだな。」
っていう意見がいっぱい出てきました。
アメリカって結婚式とかも開放的なイメージがあったのですが、やはりプライパシーを重んじる国だけあって、こういった私的なことは知っている人だけで騒ぎたいんだなと思いました。
そのへん、アジアはアメリカよりもオープンなのかな。昔テレビで、日本のどっかの地域では花嫁が嫁ぐ日の朝に玄関先か、窓のある部屋に座って、近所や通りかかる人に白無垢の花嫁姿を見せる習慣があるっていうのを紹介していました。
中国の昔の結婚式は、お婿さんが馬に乗って花嫁の家まで迎えに行き、そして花嫁をおみこしで担いで式場まで行ったもんです。その後ろには、演奏隊や親族などを引き連れ、いわば参勤交代みたいな感じで、街を練り歩いたそうです。
アメリカの学生にそれ言ったら、すごくびっくりされたけどね。
こんな感じで、一ヵ月間彼らと一緒にいて、改めて考えてみるとおもしろい日本、中国の習慣や文化、そして今まで自分が勘違いしていたアメリカの習慣や文化に気付けたきがします。
体力的にきつい一ヵ月間でしたが、またまたみのり多いものとなりました。

実は日本と中国以外に、この夏は韓国に行きました。その話は、また次回に取っておきますね。

あー、日本食と日本の友達が恋しいです。。。
みんな、元気?
[PR]

# by yukiia2067 | 2009-08-20 11:36
2009年 05月 05日

夏の予定

とくにブログに書くことでもないんだけど、明後日から日本に一時帰国するので、報告までに。
予定としては、こんな感じ・・・

5月7日-5月13日 名古屋
5月14日-5月21日 東京
5月22日-5月24日 大阪
6月14日-6月25日くらい 名古屋
7月20日くらい-8月2日 名古屋

今年の夏も色んなとこ飛び回らなきゃいけなくって、日本にいるのがとぎれとぎれになるんだけど、もし都合が合う人がいたら、ぜひぜひ会おうよ!メッセージでも、なんでもくださいな。

夏の上以外の時は中国にいます。あと、三日間だけだけど、韓国にも行っちゃうよ。
8月からはまたアメリカに戻って、今度はペンシルバニア州立大学っていうところで博士課程を始めます。
今は楽しみ2割、不安が8割って感じなんだけど、もうすでに社会に出て頑張ってるみんなに負けないくらい、私も頑張ろうって思うよ。
とりあえず、一年目に学会または学術雑誌に論文を載せることを目標にします!

明後日の今頃はもう飛行機の中だ。
みんな、元気かな。早くそこの君に会いたいよ。
[PR]

# by yukiia2067 | 2009-05-05 12:20
2009年 02月 23日

日曜日の図書館にて・・・

勉強のあいまにふとMixiをのぞいたら、こんなコラムを発見しました。

もはや絶滅危惧種? 愛を叫ぶ雄々しき生命体

最後の”非勝三原則”のところがつぼに入って、図書館で笑いをこらえるのが大変でした。
勉強で煮詰まっている時ほど、こういうのがおもしろく感じるのは私だけでしょうか。
コラムだけでは飽き足らず、全国亭主関白協会のウェブサイトやこの協会の会長さんのインタビューの記事まで検索して読んでしまいました。

多分中には、「なんだよこれ、男をなめてる」って思われる男性諸君もいらっしゃるかもしれませんが、この協会の活動に共感できるか否かの問題は別として、こんな前代未聞の協会を築き、会員4500人(2008年)までに育て上げた会長はすごいなと、心から感心してしまいました。
最近研究者の道を歩み始めて思うんですが、今までだれもやっていないことを考え付くこと、そしてそれを行動にうつして、さらに実績をだすのって、思うよりはるかに難しい。
ふとした思いつきがうまく行くのは一回や二回だけで、本当にプロとしてやっていくには世の中のニーズをみきわめる力、未知の世界に生み出す勇気、周りのサポートというものがないとなかなかうまくはいかない。
もちろんプラスして基礎的な知識や経験が必要なのは言うまでもないのですが。
今は教授のアイデアにのっかって研究を進めているだけの私が、これから先、人々の興味を引くような題材をどれだけ自分で見つけ出して、形にすることができるのかが勝負どころだ。
まだまだ道は遠し、ですね。

久しぶりの日記なので、近況報告。
今年の5月には今の学校を“多分”卒業して、8、9月には“多分”アメリカのどっかの大学で博士課程に進む予定です。
最初の“多分”はまだ卒業試験の結果が返ってきてないので、落ちてたら卒業できません。でも、これはおそらく大丈夫。
次の“多分”は、入学の合否がまだ出そろっていないので、これもどうなるかわかりません。受かっていない、もしくは受かっていても奨学金が出ない場合は、おとなしくアジアに帰って出直してきます。だからもしかしたら半年後には日本で仕事しているなんてことも・・・?
どちらにしても、夏には日本に行くので、みんなあそんで!!

今年のミシガンは本当によく雪が降ってて、今も外は吹雪です。
二年目になると、さすがに雪も見すぎて飽きてきました。。。
緑がしげって、ホタルが飛び交うミシガンの夏が今から待ち遠しいです。

b0069401_6332930.jpg

[PR]

# by yukiia2067 | 2009-02-23 06:36
2008年 09月 18日

夏の思い出

ミシガンは、もう秋です。
紅葉もちらほらとみえて、気温も21度くらいです。
サンダルをそろそろしまって、秋冬の服を出さなきゃなって思っているこの頃ですが、今日はあっという間に終わった私の夏休みについて書きます。

その前に、2008年の1月~4月までの出来事を少しばかり。。。
1月から、新しい学期がはじまりました。
第2の学期だけあって、初めての学期よりも精神的に余裕が出てきて、いろんなものに挑戦しようってすごく張り切ってました。
とった三つのクラスはどれもグループプロジェクトだったから、毎日誰かとミーティングをしてたような気がする。
その中でも一番思い出深いのは、プロモーション・マネージメントのクラスで一緒だったチームメイト達。
韓国人女の子2人、タイ人の女の子1人、台湾の男の子が一人と私で、合わせて5人のチーム。
みんなバックグラウンドが違う上に、B型の女の子3人が集まっちゃったもんだから、意見が合わなくて合わなくて、最初はミーティングする度に口論をする始末(笑)
ミーティングのやり方から仕事の振り分け方まで、もう何から何まで意見が合わなくて、ミーティングした後はいつもストレスがいっぱいで。
文化が異なる人が集まって何かをやるってやっぱり大変だなって、実感させられました。
でも喧嘩をしながらも、課題をこなしていくうちに、チームの団結力が増して、お互いにほかの人の性格の良い点と悪い点も見えてきたから、どこで譲ればいいかも分かるようになって、最終的には力を合わせてベストに近いものが作れました。
最初はちょっと険悪だったチームメンバー同士の関係も、終わってみたらすごく仲がよくなってて、一生付き合っていくだろうなっていう関係の友達もできました。
やっぱり真の愛情、友情とかって何か困難を一緒に乗り越えた後に見えてくるもんなのかね。
またまた、とてもいい経験をさせてもらった一学期でした。


5月 
待ちに待った夏休み!
本当に早く来てほしかった。
2学期が予想以上に忙しくって、最後とかご飯食べる時間もままならなかったから、この休みをどんだけ待ち望んだことか。
b0069401_1162389.jpg5月のミシガンってね、本当に気持ちいんだよ。
今まで枯れてさみしかった木々が、いっせいに緑になって、至るどころにカラフルな花が咲いてて。
桜の木もね、ちらほらあったんです→。
そんなミシガンの初夏を少し楽しんでから、日本へ一時帰国しました。
前の日記にも書いたけど、5月11日から28日まで2週間の滞在で、兄弟たちと遊んだり、友達に会ったり、あとは1週間東京でアメリカの学生のガイドをしました。
私が通ってるミシガン州立大学は、夏の海外短期留学プログラムにすごく力をいれていて、毎年多くの学生が海外に行くんです。
私の教授も「Advertising in Asia」っていうプログラムをやってて、私はその日本でのアシスタントとしてお手伝いをしました。
一週間の東京滞在で、会社をいくつか訪問し、富士山と鎌倉へ行き、朝6時起きして築地でお寿司を食べ、相撲も見ました。
スケジュール的につめつめだったんだけど、それでもアメリカの学生はナイトライフを楽しむことを忘れない。
カラオケに行ったり、お酒を飲みに行ったり。
アメリカでお酒を飲むときって、日本の居酒屋みたいなとこじゃなくて、飲んで踊れるクラブみたいなのが普通で、だから東京でも、「クラブどこにあるの?」ってずっと聞かれて。
クラブ!?そんなの日本で行ったことのない私が知ってるはずもない・・・。
でも幸い、途中で早稲田大学を訪問した時に、クラブを知ってる早大生が何人かいて、「連れてってあげて!」って頼んで、仕事完了(笑)
もうひとつおもしろかったのが、居酒屋に行った時に頼んだ揚げだし豆腐。
豆腐の上にのってた鰹節って、ちょっとゆらゆらしてるでしょ、風のせいでさ。
それをアメリカの学生たちは今まで見たことなかったから、生き物だと思ったみたいで。
「これは何?何の生き物?どうして動いてるの?」って質問詰めされて。
魚を乾燥させたもので、生きてるわけじゃないよって、一生懸命説明したんだけど、結局最後まで揚げだし豆腐にはまったく箸をつけてくれませんでした。
b0069401_1124714.jpg食べ物関連でもうひとつ。
富士山を見に行った時に入った近くのレストランで、スパゲッティーを何人か頼んだんだけど、注文の仕方が面白くって。
ミートスパゲッティーのソースを面にかけずに別で出してほしいっていうから、インドカレーの器にミートソースを出してもらって、
極めつけは、ミートスパゲッティーのミートソース抜きがほしいっていう注文。
それってマクドナルドに行って、「ハンバーガーのバーガー抜きで」って言ってるようなもんだよって思って笑えたんだけど、結局ゆでた麺だけ出させました。
「本当にいんですか?お値段変わらないんですが・・・」ってお店の人に何回も聞かれたけどね。
その子は結局塩と胡椒で味付けしてゆでた麺を食べてました。
日本人からするとちょっと不思議な注文の仕方だけど、これもアメリカ式なのかなと。
こっちだと料理もあまり味付けせずに出てきて、自分で塩コショウふって、自分好みの味付けにしてくから、そういうもんなのかな。

これも含めて、一週間の間彼らたちといて、彼らたちの目線から日本を見れて、とても貴重な経験になりました。
写真は富士山に行った時にとったものです。後ろに富士山がうっすらとうつってるんだけど、見えるかな?
来年も教授はこのプログラムやるそうなんだけど、チャンスがあったらまたやりたいな。

6月
ずっとミシガンにいて、こっちの涼しい夏を楽しみながら、日本人補習校の先生のバイトとGREの勉強に打ち込みました。あ、夏の授業もあったな、そういえば。

7月
6月30日ー7月9日まで、中国の北京に行ってきました。
2005年に一年の留学から帰ってきてから数えると、3年ぶりの北京。
去年アメリカに来る時に北京を経由して、13時間くらい滞在したけどね。でもそんなの短すぎてカウントしてません。
私にとって、北京ってすごい思入れのある街で、2005年に日本に戻ってから、また絶対行きたいってずっと思ってました。
飛行機代高くて泣きそうでしたが、チャンスを逃したら今度はいつ行けるかわからないと思って、おもいきりました。
でも、本当に泣きそうだった、っていうか泣いたのは中国に飛び立ったその日。
デトロイト→シカゴ→シアトル→北京 っていうチケットだったんだけど、デトロイトでシカゴ行きの飛行機が遅れてるからっていってダラス(テキサス州)に飛ばされたあげく、ダラスで飛行機がさらにもっと遅れて、飛行機がシアトルに着いたと同時に、私の中国行きの便が北京に飛び立ちました。。。私の目の前で。。。
半泣きでアメリカン・エアラインのカウンターに行ったら、同じ便は二日待たないと来ないといわれ、ただでさえ9日間しかない旅行なのに、こんなところで二日間も待ってられないとハンカチで涙を拭きながら抗議した結果、出してもらいました、その日発の新しいチケットを、シアトル→ロンドン(イギリス)→北京 のチケットを・・・。
少しパニックな感じだった私は、早く北京につけるもんなら、なんでもいいと思ったらしく、今だったら絶対断るだろうなっていう、そんなあり得ない経路のチケットを受け取りました。だってイギリスもいけるし(笑)
その後チケットを持って、ブリティッシュ・エアラインのカウンターに行ったら、「ロンドン空港で乗り換えするには最低2時間は必要ですが、あなたのチケットは乗り換え時間が1時間半しかないので飛べません」と断られ・・・。
でも絶望的になった私を見て、ブリティッシュ・エアラインのお姉さんは新しい切符を探してくれて、結局そのあとアラスカ・エアラインでロサンゼルスへ飛んで、そこから中国国際航空の深夜便で北京まで飛びました。
30日の夜に私の家から出発して24時間後、やっとアメリカからの脱出に成功しました。
デトロイト→ダラス→シアトル→ロサンゼルス→北京。
使った航空会社3社、訪れた航空会社のカウンター4社。
次は絶対直行便のチケットを買ってやる!とその日の夜、心に誓いました。

そんなこんなで、散々なスタートだったけど、当の旅行の方は最高だったよ!!
行きたかった場所にはほとんど行けたし、食べたかったものは全部食べたし、会いたかった友達にも何人か会えたし、いっぱい素敵な思い出を作りました。
今回の北京旅行で一番印象的だったのは、中国のビューティー産業の発展の早さ。
化粧品やら服やら、とにかく3年前からすごく進んだなって、街を歩いてる若い子たちを見て思いました。
正直3年前は、中国の服は日本の目線から見ると少し古臭いなっていう感じだったんですが、もう今はどっこいどっこいだったよ。
違うのは日本のかわいい系の服に比べて、中国は欧米のテイストが少し強くてセクシーな感じの服が多かったかな。
特に「王府井」っていう北京一のショッピング街を歩いてる女の子たちはみんなおしゃれで、化粧もばっちりだし、バックも靴もかわいいし、髪の毛もくるくるしてたし、何よりも、みんなスタイルがいい。足が長くて細くて。
正直、自分はちょっと場違いだなって、「王府井」を歩いてて思っちゃいました。
次北京に行く時は、気合いを入れていかないとね(笑)

b0069401_1130985.jpgあとは何かな、北京にいて思ったのは、中国の日本に対する見方が3年前と比べて変わってきたなって。
「王府井」にはでかいテレビスクリーンがあるんだけど、北海道サミットの時に中国の胡きんとう首相が北海道の救助活動隊員に四川での援助のお礼を述べたっていうニュースがずっと流れてて、日中友好ムードたっぷりでした。
新聞もちらっと見たんだけど、やっぱりそんな感じで、政府が仕向けてる面は否めないけど、四川の一件で市民の間でも日本に対するイメージが良くなってきてるなっていうのを肌で感じました。
悲しいことに、当の日本はニュースを見るかぎり、ますます中国のイメージが下がっていくばかりです。
いつになったら互いのベクトルが同じ方向を向くのか。早くそうなるのを祈るばかりです。

8月
GREを受けて失敗しました。だからもう一回受けます。
寮での仕事が始まりました。また今度詳しく書きます。(本当に書くかな・・・。)
教授の論文の手伝いに追われました。それがこの前9月15日にようやくおわりました。Finally・・・。
授業が始まりました。今学期はお仕事を二つしてるので、授業は一つしか取ってません。いまのところ、順調です。

9月15日に論文を書き終わって、今やっと一息って感じで、ブログを更新したんだけど、また長くなっちゃった。
夏に日本に帰った時、友達に「ゆきのブログは一回が長すぎて読むのが大変、短く書いて。」って言われたんだけど、ごめん、くま、リクエストにはちょっと答えられそうにないです(^_^;)

思えばもう卒業まで一年もなくて、これから自分が進むべき道をもっと具体的なものにしていかなきゃなって思いながらも、目の前のことにいっぱいいっぱいになってる毎日です。
周りの友達を見てるとあせりそうになるんだけど、自分の目の前のことに一生懸命打ち込んで結果を出せば、次の道が開けてくるっていう、大学の先生からもらった言葉を信じて頑張ってます。

みんなは、元気ですか?
[PR]

# by yukiia2067 | 2008-09-18 11:38
2008年 05月 28日

一時帰国

b0069401_1493056.jpg日本に帰る前って、色々と準備しなくちゃいけないし、結構めんどくさいなーとかって、思ってたんだけど。
いざ帰ってみると、やっぱりいいな~って。
家族も、友達も、日本食も、最高だって思ったよ。

2週間ちょっとの一時帰国もあっという間に終わっちゃって、明日の朝一番でまたアメリカに発つんだけどさ。
やっぱり寂しい気持ちは、どうしようもなく出てきちゃうんですね。

b0069401_1565512.jpg名古屋と東京で会ってくれた友達、ありがとう!
みんな忙しいのに、時間作ってくれて、うれしかったよ。
今回は2週間の滞在で、8日くらい東京に行ってたこともあって、なかなか友達に会える時間が取れなくて。
だから、あえて連絡を取らなかった友達も多かったんだけど、次回(一年後?)はもっと長く滞在して、みんなに会えるといいな。

この2枚の写真は、私がこの一時帰国でしたことを集約したものです。
①妹、弟と遊んで、②16人の学生の東京ガイドをしました。

明日の今頃は飛行機の中か~。
[PR]

# by yukiia2067 | 2008-05-28 02:04
2008年 03月 20日

2007年 後半

もう2008年の3月っていうのに、2007年を振り返るのってどうなのよ。
って正直思うんだけど、頑張って思い出して振り返ります。
何よりも自分のためにね。

7月、前半はバイトに追われ、中ごろは遊ぶのに追われ、後半は留学準備に追われた一ヶ月でした。
本当はね、もっと色んな友達に会って、行ってくるよって挨拶したかったんだけど、私も忙しい上に、みんなももう社会人だから、なんだか声かけるのも億劫になっちゃって。
でも直前に大学院組みのちづちゃんとあっちゃんに会えたのは良かった。
アメリカに何回も行ったことのあるあっちゃんには、ニューヨークのお勧めを色々と教えてもらって。その教えどおり、Harlemにも行ったし、エンパイアステートビルにも上ったし、ベーグルも食べたよ。
いつか一緒にいけたらいいね。

b0069401_12295944.jpg8月、前半はニューヨークとシカゴを旅しながら、アメリカを堪能し、大学についてからは友達の家でしばらく居候しながら、新しい生活の準備を始め、授業が始まった後半はクラスの子が全員すばらしく優秀に見えて、少し自己嫌悪に陥ってた、かな。
(この時期にとった私の部屋の窓からの写真→)

ニューヨークとシカゴは一人旅だったけど、色んな出会いがあって、アメリカという国を理解するうえで、すごく意義のある旅でした。
ニューヨークを案内してくれたTakashiには、本当に感謝です。
写真を撮られるのはあまり好きじゃないんだけど、彼がカメラマンなら、喜んで被写体になります!って思わせてくれるような、本当に素敵なお兄さんでした。

居候をさせてくれたのは、5月にMichigan State Universityの日本同窓会であったJomayという香港人の女の子なんだけど。
一回しか会っていなかったにもかかわらず、よく居候させてくれたなって今になってつくづく思う。
新しい生活の準備をするのにも色々と手伝ってくれて、彼女を通して香港人の友達も何人かできて、彼らとつるんでたおかげで、少しばかり広東語がわかるようになりました。
といっても、全会話の20%くらいですが・・・。

誰もが経験すると思うんだけど、新しい環境に飛び込んだばかりの頃って、慣れないことばかりで、通じると思ってた英語が通じなかったり、想像もしてなかったような出来事に出くわしたり、そんなことが続くとさ、自己嫌悪に落ちるよ、やっぱり。
一番ショッキングだったのは、学校のカフェでドリンクをオーダーしたら、「I can't hear you!!」ってウェイトレスにきれられたこと。
今だったら、アメリカのサービスの基準とアメリカ人の声の大きさを理解している今だったら、きっとなんとも思わないんだけど。
あのときのショックっていったら、結構すごくって。
きっと渡米直後の思い出として一生残るんだと思います。

9月、不安だらけで始まった新学期.
こっちの生活や文化、なによりも英語の勉強のために、興味のあるところにはできるだけ足を運び、参加できるイベントにはできるだけ参加した一ヶ月でした。
ふらりと訪れたAsian Studies Centerで、運よくウェブマスター兼学生アシスタントとして雇われ、おかげでクラスに追われる毎日の中でも、少しだけ生活に違う色を添えられてるように思う。

この月の後半からだったかな、同じ学科で意気投合した女の子達と毎週の木曜日に集まってはご飯を作ったり、時にはお酒を飲みに行ったりするようになりました。
Yunmiは韓国料理、Jennyはデザート担当、たまに私が日本料理を作ったり、Niが中華料理を作ったり。
アメリカ育ちのJennyと学部時代をアメリカで過したYunmiに連れられて、4人で夜のバーへ繰り出し、飲んだり踊ったり、くだらないことをしゃべってみたり。
明らかにバーにいるAsianは私達4人しかなく、浮いてるなといつも感じながらも、そんなのアメリカで気にしても意味がなく、たまに感じる視線を横目で流しながら、とにかく日ごろのストレスをぶちまけていました。
今思うと、彼女達がいなかったら、きっと私はすごく孤独を感じて、自己嫌悪に長期間悩まされてたかもしれない。
彼女達に運よく出会えたことは、本当にラッキーだなって思うし、それだけでも、アメリカに来て良かったなって思える。

10月、授業に出て、バイトして、気になるイベントに参加して、木曜日にはみんなで集まって。
生活にもだんだんと慣れて、少しだけ心に余裕が出てきてたように思う。
でもやっぱり自己嫌悪になったり、わけわかんない不安にかられたり、やる気がおきなかったり。
学問的にはこれをセカンド・カルチャーショックと言うそうですよ。
新しい環境に入った当初のカルチャーショックを乗り越え、しばらく好調気が続いた後に再び訪れるもっと深い意味でのカルチャーショック。
Yunmiの韓国料理と、Jennyのデザートと、Niの恋話と国際電話に助けられ、無事にセカンド・カルチャーショックを乗り切った10月でした。

b0069401_12314247.jpg(10月後半、11月前半の窓からの風景→)
11月、International Managementっていうクラスで、他国にいる学生と4人1グループになって、メールやチャットを駆使しながら与えられた課題を完成させるという3週間のプロジェクトがありました。
私のチームメイトは、California某大学でMBAを学ぶサイパン出身の男の方と、中国北京大学のMBAで学ぶ中国の女の子と、スペインにある某大学でこれまたMBAを学んでるフランス出身の男の子でした。
みんなMBAなのは、このInternational Management自体がビジネス学部のクラスだったためです。
私達に与えられた課題はある国を選んで、他国からその国に転勤するビジネスマンがスムーズにその社会に適応できるようなアドバイスをまとめるというもの。
国の文化、社会のシステム、ビジネスマナーを調査して、さらにその国出身の人を見つけて、簡単なインタビューをしなくっちゃいけないんだけど、私達が選んだのはパキスタン。
ちょうどそのときパキスタンで色々政治問題が出始めた頃だったというのと、ちょうどその時期にパキスタンの女の子と仲良くなったというのが選択の理由。
3週間、時差の問題や、チャットソフトの不具合、意思疎通の困難さやタイムミリッとのプレッシャーに直面しながら、チームリーダーとして、すばらしく貴重な体験をさせてもらいました。
何よりも、私がこのプロジェクトから得たものは、”自信”、この一言に尽きます。
チームリーダーとして、グループを束ねて、期限前に納得のいくものができたこと、そして、ずっと不安だった英語でのやりとりも、時間こそかかったものの、問題なく最後までこなせたこと。
プロジェクトを完成させたときの嬉しさと達成感はものすごかった。
そしてここから得た自信のおかげで、無理かもって思ってたことにもチャレンジする気持ちの余裕ができて、自分の意見を今までよりも胸を張って言えるようになって、全てにおいてずっと大胆になれるようになった。
アメリカでやっていくための基礎を築いてくれた、そんなすばらしい3週間でした。

b0069401_12332277.jpg12月、前半はテストに終われ、冬休みが始まった後半は、料理したり、テレビ見たり、相変わらずいつもの仲間と遊んだり、のほほんと過せた時期でした。以上。
(冬の窓の景色。ここに来て、雪をもっと好きになりました→)

今日は2時間で書き終えた。
前の日記「2007年 前半」を書いたときには、しばらく日本語を書いてなかったこともあり、なぜか5,6時間くらいかかっちゃって、、、。
かかりすぎだよ!って自分でも思ったし、友達にもつっこまれました。
でも2時間もちょっとかかりすぎかな(^_^;)
30分で私が笑い転げるような日記を書いてる友達を本当尊敬するよ。

次回これをかけるのはいつかな。
書きたいことはいっぱいあるんだけどな。
台湾と香港と中国の違い、PRの視点から見たチベット問題、今やってるプロジェクトのこと、アイデンティティーのこと、などなど。
ちょくちょく暇を見つけては更新してくので、こりずにまた訪れてやってくださいね。
[PR]

# by yukiia2067 | 2008-03-20 12:38
2008年 01月 04日

私の2007年 前半

みなさん、あけましておめでとうございます!!

日本は今頃すごく賑ってるんでしょうか。着物姿の女の子とかがいっぱいいるのかな。
アメリカは新年のカウントダウン以外に特別何かをするってこともないみたいで、こっちにいると正月って実感がなかなかわきません。
そのせいか、ここ何日か新年の挨拶も何もせずにのんびり家でマイペースに過してたら、正月早々親に怒られました。
1日にまっさきに親に挨拶をするのが礼儀ってもんでしょ!と。
中国は旧正月を祝うから正月は別にいいかって思ってたんですが、甘かったみたい。
日本に渡ってから早17年、うちの親はかなり日本化してんだなと実感しました。

私の2007年、振り返ってみるとかなり色々なことが詰まってた一年だったな。
1月はひたすら家にこもって卒論の執筆。
提出の日はギリギリまで校正をして、タイムリミット5分前に友達と二人で提出する部屋まで走ったっけ(笑)
2006年の6月から取り掛かり、約8ヶ月もの時間をかけた本論70ページ、資料を含めて約200ページの論文。
得られたものはすごく大きくて、とくに完成させたことで自分の中に沸いた自信みたいなものは時々怖気づきそうになるアメリカの大学院生活の中で、私の大きな支えになってたりします。
それに、Public Relationsという学問を選んだのも元をたどればこの論文を進める中で沸いた疑問に起点があり、Michigan State Universityっていうアカデミックな大学を選んだのはもう一回あんなふうに論文を書いてみたいって思ったからで、そういう意味では私のキャリアの第一歩となる本当に貴重な経験でした。

b0069401_4383431.jpg2月は、卒論発表と大学院の願書提出に追われ、前半はあっという間に過ぎて、でも後半はその反動でだらだらの生活だったな(^_^;)
3月は、いくつの大学院からの合格通知がきて、どこにするか悩み、卒業式に出席し、友達といっぱい遊んだ1ヶ月間でした。
私生活的には、人生は矛盾がつきもので、考えても答えの出ない問題があるんだと改めて深く実感し、どうしようもないことは下手に挑戦するよりも時間に身をゆだねるしかないと悟った時期でした。
←写真は卒業式に研究室のみんなで撮ったものです。


4月、地元の翻訳会社でアルバイトを始めました。
渡米する7月まで3ヶ月間しかないのに、社長は快く雇ってくださって本当に感謝です。
私の仕事は出来上がった英文翻訳にチェックを入れるというもの。
名古屋は地理的にTOYOTAや三菱系列の会社が多いため、翻訳は機械のマニュアルが多くて、最初は見たこともない専門用語に四苦八苦の毎日でした。
週3で3ヶ月間働かしていただいた中で得られたものは結構あって、まず翻訳って本当に地味な仕事なのだと思いました。
オフィスの中ってみんなずっとパソコンと手元の資料とにらめっこだから、気まずいくらいシーンとしてて、慣れるのまで最初は居心地が悪かったな。
それとやっぱり一つの翻訳ができあがるまでのプロセスで、どんな風にやったら効率的にできるのかっていうのを学べたのは良かった。
でも何よりも一番感心したのは、新しいものを積極的にとり得れるっていう社長の姿勢でしょうか。
ちょうど私が働いていたときに、翻訳を完成させるまでのプロセスの中にソーシャルネットワーキングのサイト(例:Mixi)の機能を取り入れようっていうプロジェクトが始まって、プログラマーの人が度々オフィスに訪れては社長とかと会議をしてたんです。
特別な部屋はなく、私の隣の机でいつも会議をしてたから、翻訳のチェックをしながら時々ちょっと盗み聞きしてました(笑)
始めはなんで翻訳にソーシャルネットワーキング?って思ったんだけど、どうやらをその目的は、翻訳を完成させるプロセスの中に携わっている人達のコミュニケーションを促進させることにあるようです。
一つの翻訳に携わってる人は実は結構いて、多いときは5人になったりします。
プロセス的には、まずオフィスにいる人が仕事を受け、自宅で仕事をしている翻訳者に資料を転送し、出来上がった文書の翻訳をグラフィックデザイナーがクライエントの要求通りにデコレーションし、その後に何人かの人でチェックをいれます。
その中での色々な確認や訂正を今までは電話やメールでしてたんですが、ソーシャルネットワーキングサイトの機能を使えば、確認事項や訂正箇所の情報を一度にみんなで共有できる上、その情報がログとして残るため、情報の行き違いや、ちょっとした誤解を防げるという利点があるようです。
でもやっぱり新しいことを始めるのにはリスクもあって、もちろんプログラムそれ自体を作るのに結構お金もかかるし、きっと慣れるまでに時間もかかって、始めは逆に非効率になるかもしれない。
正直今までの電話とメールだけの方法でも大きな問題はなかったし、特別何か新しい方法を取り入れなきゃいけないという切迫した必要性もないみたいなんです。
でもね、社長は言ったんですよ、
「これは新幹線と鈍行のようなものだ。鈍行でも東京に行けるから、新幹線なんて必要はないって最初は思うけど、いざ使ってみると時間がはるかに節約されるし、なんといってもやっぱり便利なんだよ」って。
現状に甘んじないで、常にどうしたらもっと効率的になるかを考えて、クリエイティブに物事を考える。
経営者にはそういう能力が必要なんだなとこの社長をみてて思いました。

5月、バイトを5つ掛け持ったバイト尽くめの一ヶ月でした。
中でも運よく中国語通訳の仕事をいただけて、約2ヶ月間、週2、3回のペースで作業着着て、ヘルメットかぶって工場の中で通訳をしました。
バイトがかぶる日もあって、朝7時に家を出て、夜の8時に家に着くなんていうOLみたいな生活だったな。
早く学生って色んな意味で自由で楽だなって切実に思ったのもこのときだったけか。

b0069401_543358.jpg
バイト以外には、高校の友達が結婚して、その二次会に行ってきました。
まだ高校のときにきっと彼女が一番最初に結婚するよね~なんてみんなで言ってたんだけど、本当に最初に結婚しました。
次は誰になるのやら。
←これはそのときの写真。ちなみに私は写ってないよ。

b0069401_55522.jpg5月といえば、もう一つ大事な出来事が。
後半にビザの取得とMichigan State Universityの日本同窓会に参加するために東京に行きました。
その同窓会にちょうどMichigan State Universityから日本に短期研修で来てた生徒達も参加していて、運よく渡米する前に何人か現地の学生と知り合うことができました。
中でも香港出身のJomayという女の子とは、こっちに来てからもずっと仲良くしてます。
今もね、実は彼女の家でこのブログを書いてるよ。なんか不思議。
←これはそのときの写真。私の隣に座ってるのがJomayで、右の3人の方はすでにMSUを卒業なさった先輩方です。
名前は忘れちゃったけど、左の奥の男の方はカンボジアから横浜の大学に留学中の留学生です。
2008年の秋にMSUに入りたいって言ってたんだけど、うまくいったのかな。

6月、通訳と翻訳のバイトも慣れてきて、ちょっと生活的に落ち着きを取り戻した時期。
渡米する時期もいよいよ決まって、6月後半はその準備に取り掛かりました。
せっかく時間があるので、大学のあるEast Lansingまで直にいくよりも、色んな都市を回ろうと思い立って、計画を立て始める。
色々と策を練って、最終的に北京、ニューヨーク、シカゴを経由することに決定。
計画段階で思ったのが、インターネットって本当に便利ですね。
日本にいながらでもアメリカ国内線や列車のチケットが取れるし、どの航空会社が安くて、どのホテルが便利なのかも口コミでわかるし。
おかげでそんなにお金をかけずにニューヨークとシカゴを楽しめました。
現地情報もあらかじめ調べられたから、実際一人で旅したときもあんまり心配することもありませんでした。
そうそう、この時期にちょうど『World is Flat』っていう本を読んでてさ、この本の趣旨っていうのがTechonologyによって世界がFlatになったかのように国境を越えたコミュニケーションが容易になって、私達の生活に様々な面で影響を及ぼしているっていうものなんだけど。
留学準備を進めてるときはまさにそれを肌で感じました。

ふー、前半終了。
自分の過去を振り返るのって結構疲れますね。
長くなっちゃったから何人の人が最後まで読んでくれたのかわかんないけど、きっとちづちゃんは読んでくれてると思います。

Happy New Year!!!
今年も一年よろしくお願いします(^-^)
[PR]

# by yukiia2067 | 2008-01-04 06:10
2007年 12月 28日

世界共通

アメリカのクリスマスは、日本で言ったらお正月やお盆のようなものかな。
遠く離れている人は実家に戻って、家族が団らんするとても大事な日。
24日の夜は教会に行く人もいるんだけど、25日は家でのんびりするのが基本だそうです。

b0069401_6305844.jpg私はというと、イブは大事な友たちと一緒に小さなハウスパーティをしました。
家の中をちょっとだけクリスマスっぽく飾って、女の子5人料理をそれぞれ持ち寄って。
5時から夜中の12時まで、しゃべって、しゃべって、食べつくしました。
←これはその時の写真。
韓国のチヂミと、パプリカの肉詰めみたいなのと、パスタとクッキーと。
写真には写ってないけど、私はカレーを作ったよ。
クリスマスにカレー、なんか手抜きした感があるでしょ(笑)
でも、日本のカレーってみんなあんまり食べたことないみたいで、リクエストをいただいたから、作りました。
インドのカレーに比べると、香辛料の少ない日本のカレーは癖がなくっておいしいみたいですよ。

b0069401_6354361.jpg←これはデザートのパフェ。
私が甘いものに目がないってみんなしっててさ、私のパフェだけ大きいグラスだったよ。
手前のやつね。

b0069401_6361978.jpgパフェを食べながら、日本にはネバーギブアップっていうすっごい大きいカフェがあるんだよなんて話をしてたら、今度はもっと大きいパフェを作ってくれた(笑)
こんなの食べきれないよ~、なんて最初は言ってたんだけど、5人で食べたらあっという間になくなりました。
女の子の甘い物好きは世界共通なんですね。


世界共通つながりで一つ。
みなさんセーラームーンってまだ覚えてますか?
女の子たちが変身して悪いやつらをやっつけるあのアニメね。
私の年代の女の子なら、小さい頃に夢中になってみてた記憶があると思うんだけど、このアニメ実は他の国でも放送されてたみたいで、小さい頃にはまってたっていう外国の子が結構いるんです。
特に中国、香港、台湾、韓国、マレーシアとかのアジア人で昔すっごい好きだったっていう女の子が結構多くってね、ちょっとした共通の話のネタになったりしてます。
私の香港の友達なんかは、小さい頃誕生日、クリスマスプレゼントには必ずセーラームーングッズをねだってたっていうほどの熱狂振り。
こういうカルチャーって国境を越えて、海を渡っていくもんなんですね。
4歳の妹はプリキュアとかいうこれまた女の子が変身して敵をやっつけるっていうアニメを今夢中になってみてるんだけど、彼女が大人になって、いろんな国の子に出会うときには、「私もちいさいころプリキュアすっごい好きで見てたよ!」みたいになるのかな。
たかがアニメかもしれないけど、国や文化を超えて、何かを共感し合えるものがあるのってやっぱりうれしいもんです。
[PR]

# by yukiia2067 | 2007-12-28 23:33
2007年 12月 24日

Go for it

10月くらいからかな。
ひょんなことでアメリカ人の中国語チューターをすることになって。
毎週2回私がバイトしているAsian Studies Centertっていうオフィスで、彼の宿題をみたり、発音練習を一緒にしたりしてます。
彼はまったくの初心者なので、とりあえず発音を正すのが難しい。
中国語を勉強したことがある人はわかると思うんだけど、慣れないうちは発音練習はあごが痛くなるっていうか、本当に苦痛でならないよね。
大学のときにあけみが許山先生の授業で一生懸命発音してたのをなんか思い出しちゃうよ(笑)

その彼が”Princeton in Beijing Summer 2008"とかいうプリンストン大学主催の北京語学研修プログラムに応募することになって、その願書を用意するお手伝いを頼まれたんです。
多分1時間くらいで終わると言われたから、木曜の午後4時に待ち合わせして。
短い中国語の文書をちょっと直すくらいかなって思ってたら、私の前に差し出されたのはシングルスペース、Times New Roman 12ptで書かれた2枚の英文。

「これを中国語に訳して、それから中国語でテープにふき込まなきゃいけないんだ。できれば明日に出したいから今日中に終わらせたいんだけど。」

それを聞いた瞬間に、その日のうちには家に帰れないことを覚悟しました。
2ページの英文、私日本語に訳すのだって多分1時間くらいかかるよ。
それをもう何年も中国語の文章を書いていない私が中国語訳するなんて、それだけで一日終わりそうだよ(笑)
そんでその後に中国語で録音でしょ。しかも発音の良さが問われるから、きれいな発音で録音しなきゃいけならしくて。
まだ中国語を習い始めて3ヶ月くらいしかたってない彼が、きれいな発音で5分くらいの中国語を話せるようになるまで・・・、例えば同じ文章を毎日練習したとして、ざっと3日でしょうか。いや1週間くらいかかるかも。
このすべてのプロセスを、彼はどうして1時間で終わらせれると思ったんだろうか。
んー。

でもそんなことも言ってられないから、とりあえず始めました。
経験ある人はわかると思うけど、翻訳って直訳すればいいもんではなく、英語の文章を理解してからその意味を大きく変えずにいかに中国語の言い回しで上手に表現できるかが大事。
少ない中国語のボキャブラリーを必死に引っ張り出しながら訳してたんだけけど、案の定すごく時間がかかっちゃって。
それを見てた彼が、自分のやろうとしてたことがいかに時間のかかることかということに気づいたらしく、「このパラグラフはあんまり大事じゃないから消していいよ。」と、結局半分くらい削除してました(笑)

その後二人とも用事があったので3時間くらいブレイクをはさんで、夜9時半から再スタート。
どうやったら短時間できれいな発音を録音できるか考えた末、私のデジタルテープレコーダーを使って、一文ごと区切って録音し、後でパソコンを使ってつなぎ合わせることに。
それでもおんなじ文章を発音がきれいになるまで何回も何回も繰り返し練習するから、結構難しくって。
約3分の文章をすべて録音したときにはもう1 a.m.でした。
その後に編集する気力なんて二人とも残ってなかったから、二日後に集まって編集をしました。
最終的に完成したものを聞くと、文と文の間に「ブツッ」っていう音がして、編集してるなってのが簡単にわかっちゃうんだけど(笑)
まー、しょうがないか~なんていいながら、よしとしました。

正直、彼の計画性のなさに少しびっくりしたけど、でもね、よくこんなのに挑戦できるなっておもったの。
例えば、私がフランス語を習い始めてまだ3ヶ月の初心者だとして、夏休みにフランスにいけるプログラムがあるとするでしょ。
すごく興味は持つと思うけど、フランス語で自分の志願理由を5分以内で録音しなきゃいけないってなると、多分すごく応募を躊躇すると思う。
しかもPrincetonっていうすごい一流大学のプログラムでしょ、きっと自分よりすごい志願者がいっぱいいて、応募しても受からないやって考えて、おじけづくと思う。
だからね、その点彼をちょっと見習わなきゃって思ったよ。
なんでもGo for it!の精神でチャレンジしなくっちゃね。

b0069401_4284284.jpg
写真:2007年夏、Princeton Universityの正門にて。
Princeton in Beijing 2008 Summer、受かると良いね。
[PR]

# by yukiia2067 | 2007-12-24 04:42